標準化降水指数(SPI)
標準化降水指数(SPI)とは
標準化降水指数(SPI; Standardized Precipitation Index)とは、干ばつを評価するための統計指数です。世界における干ばつの発生は、農業等をはじめ当該国の社会経済活動に深刻な影響を及ぼすとともに、その影響は、農産物取引価格の変動等を通じて私たち日本国民の生活にも波及することがあります。世界気象機関(WMO)では、気象庁を含む各国の気象水文機関に対して、他の既存の指数よりもシンプルに理解できるSPIを、干ばつを評価するための指標のひとつとして用いることを推奨しています。
降水量は地域や季節によって大きく異なるため、降水量の値そのものや平年との比では、干ばつの程度を適切に評価できません。また、着目する干ばつのタイプ(※)によっては、直近の降水量だけでなく、ある程度の期間にわたった累積降水量についても考慮しなければならない場合があります。そこで干ばつの評価に便利な指数がSPIです。SPIは降水量を統計処理することで、各地域や各季節における干ばつの発生頻度に対応する情報に変換したものです。確率的に発生頻度の低い干ばつほど、大きな影響をもたらす可能性があると考えられることから、SPIで干ばつの程度を評価することが可能となります。さらに、SPIは降水量のみから算出でき、また異なる期間の降水量に対して同一の方法で計算できるため、気象干ばつや土壌干ばつといった異なるタイプの干ばつを評価することができます。ただし、地表面からの蒸発量等については考慮していません。
SPIの値と干ばつの程度、発生頻度について
SPIの値は、降水量の確率頻度を正規分布に対応させ、その標準偏差で規格化した値なので、対象期間の降水量と同時期に平均的に期待される降水量との差が、どの程度の頻度で起こり得るかという頻度の情報を持ちます。ある地点及び期間におけるSPIの平均はゼロになるように定義されており(Edwards and McKee, 1997)、負のSPI値は平均よりも降水量が少ないことを意味します。SPIで負の値がある程度の大きさ(例えば-1以下)で継続しているときに、干ばつが発生すると言われています(McKee et al. 1993)。SPIの値と干ばつの規模、現象の頻度の関係は、WMO (2012)では表1のように整理されています。例えば、SPIが「-1.5以下で-2.0より大きい」値を取る場合、概ね「20年に1回」の著しく乾燥した(雨の少ない)状態であると言えます。また、SPIが-2.0未満の場合は、現象の頻度が「50年に1回以下」の極端な乾燥に該当し、社会的影響が非常に大きい干ばつが発生する恐れのあることを示しています。なお、干ばつの評価には表1のようにSPIが負の値に着目しますが、正の値を用いて極端な多雨の評価を行うことも原理上可能です。
SPI | 程度の分類 | 現象の頻度 |
---|---|---|
0 ~ -0.99 | 軽度の乾燥(少雨) | 3年に1回 |
-1.00 ~ -1.49 | 中程度の乾燥(少雨) | 10年に1回 |
-1.5 ~ -1.99 | 著しい乾燥(少雨) | 20年に1回 |
< -2.0 | 極端な乾燥(少雨) | 50年に1回 |
SPIの計算に用いたデータとその計算方法
SPIの計算には、過去の降水量の頻度分布が必要です。この算出には、世界各国の気象機関と国際交換されている地上月気候値気象通報(CLIMAT報)データ(1982年6月以降)及び米国海洋大気庁(NOAA)国立環境情報センターが提供しているGlobal Historical Climatology Network(GHCN)データの月降水量を使用し、同地点で両者が利用可能な場合は、CLIMAT報データを優先して利用しています。1950年から2020年までの最大71年間のデータを使用しています。ただし、データが30年未満の場合は、SPIの計算は行いません。
世界の天候データツール(ClimatView 月統計値)で表示されるSPIの計算には、米国コロラド州立大学提供のプログラムを用いています。SPIの計算方法は次の通りです。まず、過去の降水量データに対してガンマ分布関数を当てはめます。これは、降水量の確率頻度分布は多くの場合ガンマ分布関数に従うためです。次に、対象となる期間の累積降水量の累積頻度分布をガンマ分布関数から計算し、正規分布における累積頻度分布の値に相当する箇所を見つけることで、正規分布に対応させます。その正規分布の標準偏差で規格化した値がSPIです。なお、世界の天候データツール(ClimatView 月統計値)では、上記の過去の降水量の頻度分布とCLIMAT報により得られた降水量から計算した1982年6月以降のSPIを表示しています。
計算方法の流れは図1のとおりです。SPIのより詳しい説明については、WMOによるSPIユーザーガイド(WMO 2012, 英語)をご覧ください。
図1:SPIの計算方法のイメージ
干ばつのタイプについて
干ばつは降水量の不足を基点として、異なるタイプの干ばつが次のように連鎖的に発生します(Van Loon and Van Lanen, 2012など)。まず、降水量が平均より少ない状態によって発生するのが気象干ばつであり、植物の生育を阻害したり森林火災などのリスクを高めたりします。気象干ばつの継続は、土壌水分量の低下をもたらすことで土壌干ばつ・農業干ばつを発生させ、農業や畜産などに被害を及ぼします。さらに土壌干ばつが継続すると、地表面水や地下水量等に影響を与えることで水文干ばつをもたらします。水文干ばつは水資源供給の障害となって生活・工業用水などを不足させ、社会に大きな影響を与えます。従って、土壌干ばつや水文干ばつは、気象干ばつから遅れて発生します。また、それらの干ばつの発生には、気象干ばつの発生期間の長さが影響します。SPIは、直接的には気象干ばつを評価するための指数ですが、異なる期間の値(気象庁ホームページでは3、6、12か月の値を提供)を使うことで、土壌干ばつや水文干ばつの発生リスク評価にも利用可能だと考えられます。
参考文献
- Edwards, D. C. and T. B. McKee, 1997: Characteristics of 20th century drought in the United States at multiple time scales. Climatology Report 97-2, Department of Atmospheric Science, Colorado State University, Fort Collins, Colorado.
- McKee, T.B., N.J. Doesken and J. Kleist, 1993: The relationship of drought frequency and duration to time scale. In: Proceedings of the Eighth Conference on Applied Climatology, Anaheim, California,17–22 January 1993. Boston, American Meteorological Society, 179–184.
- Van Loon, A. F., and H. A. J. Van Lanen, 2012 : A process-based typology of hydrological drought, Hydrol. Earth Syst. Sci., 16, 1915-1946
- World Meteorological Organization, 2012: Standardized Precipitation Index User Guide (WMO-No.1090), Geneva,