アルゴ計画
吉田隆(よしだたかし・気象庁気候・海洋気象部海洋課調査官)
はじめに
気象観測の世界では、国際協力や測器の近代化により、世界中の地上気象観測や、世界で約九百点の高層気象観測点の毎日二回のラジオゾンデによる高層気象観測の結果をリアルタイムで利用することが出来ます。これに対して海の中の観測は、そもそも海の中が人間の活動から遠く離れた空間であり、また、広大な海に観測のための船舶を多数展開するのには膨大な経費が必要なことなどから、カバーできる海域も頻度も限られています。気象観測の結果を地上や高層の天気図の作成やコンピューターによる気象予測等様々に活用することにより、海上の安全にも欠かせない各種気象予測情報が作成されます。これと同様に、海の中がくまなく観測出来るようになれば、コンピューターによる海況の解析・予測や気候変動予測等をより的確に行うことが出来るものと考えられています。海を対象に業務や研究を進める者にとって、全世界の海の状況をリアルタイムでくまなく監視することは長年の夢です。この長年の夢を実現させる第一歩として、「アルゴ計画」が推進されようとしています。
アルゴ計画とは
アルゴ計画は、国際的な枠組みの中で、中層フロート(プロファイリングフロートともいう。自動的に海中を浮き沈みする長さ約一メートルの筒状の計測機器)を全世界の海に約三千個展開し、海面から中層までの水温・塩分を観測しようというものです。その目的は、@全世界の海洋表・中層(海面から二千メートル)の水温・塩分のリアルタイム監視などを行うことです。また、これらの目的を達成するとともに、海況の解析・予測手法や気候変動予測手法の高度化が図られ、長期予報の精度の向上などが期待されています。
A人工衛星が観測する海面高度データを併せた解析による海洋表・中層の循環の診断
Bコンピューターによる海況の解析・予測のための初期条件等の付与
中層フロート
かつては夢のような話であった、世界中の海をくまなく観測するという計画が実現されようとしている背景には、中層フロートの開発という技術的な裏付けがあります。中層フロート(図1)は油圧ポンプを使って浮力の調節を自動的に行う機構を備えており、浮力調節をあらかじめプログラミングしておくことにより、所定の深さを漂流し、定期的に海面に浮上するという動作を繰り返すことができます。
図1 中層フロートの概観
この中層フロート本体に水温・塩分センサー、データ伝送用のアンテナ等を取り付け、浮上する際に水温・塩分の鉛直分布を測定し、海面で人工衛星経由でデータを伝送するようにしたものが、アルゴ計画で使われる中層フロートです(図2)。中層フロートの寿命はバッテリーの容量と浮上の頻度に依存しますが、アルゴ計画では深さ二千メートルまでの観測を一〜二週間の時間間隔で行うこととしており、この場合には寿命は約四年です。
図2 中層フロートによる観測
ちなみに、「アルゴ」という名称は、新しい現場観測技術である中層フロートを用いたこの計画に対して、新しいリモートセンシング技術を駆使した海面高度観測衛星(「ジェイソン」と名付けられています)と対をなすものとして、ギリシャ神話にちなんで名付けられたものです。ギリシャ神話の英雄ジェイソンは、その仲間とともにアルゴという名の船に乗り、「黄金の羊毛」を探す旅に出ました。現代の海洋観測の分野では、宇宙からの海面高度観測衛星ジェイソンと、海の中で観測するアルゴが協力して、全世界の海を上と中からくまなく観測することになるわけです。
アルゴ計画の推進についての国際的な機運の高まり
アルゴ計画は先進的な海洋観測計画として米国を中心に立案されたものですが、全世界の海を対象とするこの計画が成功するためには、世界各国の参加が不可欠です。我が国は、アルゴ計画の重要性を早くから認識し、科学技術庁と運輸省(海上保安庁・気象庁)が共同して「高度海洋監視システム(アルゴ計画)の構築」というアルゴ計画に参加するためのプロジェクトを提案しました。この提案は、平成十一年十月、小渕首相(当時)の決断によりミレニアム・プロジェクトのひとつとして実施されることとなりました。フランスでは、国内の気象・海洋関係機関が連携して、海洋の現場観測プロジェクトであるコリオリ・プロジェクトを実施し、それによりアルゴ計画に貢献することにしています。
去る七月に行われた九州・沖縄サミット外相会合でも、アルゴ計画の意義が強調されるなど、アルゴ計画の推進についての国際的な機運はさらに高まっています。
このように、海を対象に業務や研究を進める者にとっての長年の夢が、現実のものとなろうとしています。アルゴ計画による海洋観測データはリアルタイムで全世界の海洋や気象の現業機関に送られるとともに、研究者に対してもインターネットで無料・無制約に提供され、海洋の監視や長期予報、さらには気候・海洋変動の研究に活用されることになります。「高度海洋監視システム(アルゴ計画)の構築」を着実に実行し、国際協力をさらに進展させ、アルゴ計画の壮大な目標を一日も早く実現したいものです。