吉田隆**
**YOSHIDA Takashi, Office of Marine Prediction, Climate and Marine Department (気候・ 海洋気象部海洋気象情報室)
全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するために,全世界の海洋に3000個の中層フロート(以下,フロートと呼ぶ)の展開等を行うアルゴ計画(佐伯, 2000; 佐伯, 2001; 花輪, 2001)が開始された.アルゴ計画は2001年から中層フロートの本格的展開の段階に入り,アルゴ計画に関する情報を国際的に集約するためにフランスに設置されたアルゴ情報センター(AIC: Argo Information Center)には,2001年10月15日現在239個のアルゴフロートが登録され,これらのフロートは日夜観測を行っている.アルゴ計画は各国の貢献により全世界的な観測ネットワークを構築しようとするものであり,各国が取得したデータの共有がネットワーク構築の前提となっている.そのため,計画立案当初から国際的なデータの共有・管理の方法,すなわちアルゴデータシステムのあり方が議論されてきた.
本稿はアルゴデータシステムについて,アルゴ計画立案当初のデータシステムに関する考え方から,その立案過程,現在の国際的合意事項について順を追って記述するとともに,我が国における取り組みの最新の状況を解説する.本稿で参照する会議報告をはじめとするいくつかの文献はウエッブサイトから取得した.これらアルゴ関連のウエッブサイトを第1表に示す.
名称 | URL | コンテンツの概要 |
---|---|---|
JAPAN ARGOホームページ | http://w3.jamstec.go.jp/J-ARGO/ | 「高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築」に関する情報 |
アルゴ計画リアルタイムデータベース | http://ds.data.jma.go.jp/gmd/argo/data/ | 即時処理済アルゴデータ,プロダクト |
アルゴ計画高品質データベース | http://www.jamstec.go.jp/ARGO/index.html | 遅延品質管理済アルゴデータ,プロダクト |
アルゴ情報センター(AIC) | http://argo.jcommops.org/ | 国際アルゴ計画に関する情報にアクセスできる |
アルゴサイエンスチームホームページ | http://www.argo.ucsd.edu/ | 本稿で参照した会議報告等にアクセスできる |
CLIVARホームページ | http://www.clivar.ucar.edu/ | 本稿で参照した会議報告等にアクセスできる |
2.1 アルゴ計画立案当初におけるデータシステムに関する考え方(1998〜1999年)
米国スクリプス海洋研究所Dean Roemmich博士によるアルゴ計画に関する提案 "A Proposal for Global Ocean Observations for Climate: the Array for Real-time Geostrophic Ocecanography(ARGO)" (Roemmich, 1998)を,全球海洋データ同化実験(GODAE: Global Ocean Data Assimilation Experiment)運営チーム,及び気候の変動性と予測可能性に関する研究計画海洋上層パネル(the CLIVAR Upper Ocean Panel, CLIVAR: Research Programme on Climate Variability and Predictability)が支持し,アルゴ計画の立案が本格的に始まった.GODAE及びCLIVAR UOPは協同して1998年7月に東京でアルゴ計画に関するワークショップを開催し,同ワークショップにおいて,アルゴ計画の設計と実施に関する初期構想の作成を使命とするアルゴ科学チーム(AST: Argo Science Team)が結成された.ASTはアルゴ計画の初期構想 "On The Design and Implementation of Argo" (AST, 1998)を1998年12月のCLIVAR総会に提出し,その使命を果たすとともに,その後のアルゴ計画の企画・立案の中心組織となり,1999年3月の第1回会合(米国メリーランド州イーストン)以降毎年会合を実施し,アルゴ計画の実施に関する諸課題を議論している.
上記二つのドキュメント,及び関連する会合における議論のうちデータシステムに関する事項は,以下にまとめられる.
@ すべてのアルゴデータは即時公開されるべきである(Roemmich, 1998).データの即時的提供と広範なアクセスの確保がアルゴ計画の原則である(AST, 1998)この段階での最も基本的かつ重要な考え方は,全データの即時公開と集約(@),及び現業的利用と調査・研究的利用の確保(A)である.この二つの事項を効率よく実現するシステム構築のために,WOCE上層海洋データセンター,全世界海洋情報サービスシステム(IGOSS)(木村, 1988; 安藤, 1998),全球水温・塩分プロファイル計画(GTSPP)等既存システムの経験を活かし(B,C),効率的かつ効果的なデータシステムを構築することが提案されている.この中には,新しい概念として,観測者とデータユーザが互いにフィードバックを行う仕組み(D)が含まれている.A 現業機関でのデータ利用と気候データセット作成のためのデータ利用の少なくとも二つの利用を考慮する(Roemmich, 1998).データの品質管理は,即時データ交換のための即時品質管理とデータの調査・研究的利用のための遅延品質管理の少なくとも二つの段階で行われる必要がある(AST, 1998; AST, 1999)
B アルゴデータの管理のための具体的計画が存在しないことが問題であり,解決策として,世界海洋循環実験(WOCE: World Ocean Circulation Experiment)データシステムに倣ったシステムの構築が必要である(GODAE第2回会合,東京,1998)
C 既存のXBTデータ流通網で実施されているようにデータフローの数箇所に「蛇口」を設け,データの流通を監視し,ソフトウエアの改修等様々な要因により発生する系統的なデータ欠損を随時補修する仕組みが必要である(AST, 1999)
D 「蛇口」の一つはデータ同化実施機関に設けられる.そこでは,何らかの問題によりデータ同化の際に不採用となったデータをもとに,その問題が測器の不具合に依るのか,同化システムの欠陥のためなのかが評価され,双方の改善策が検討される(AST, 1999)
2.2 データシステムのプロトタイプの構築と並行した立案作業(2000〜2001年)
データシステムの立案作業と平行して各国によるフロートの展開が開始され,実際にアルゴデータの流通が始まったことにより,先進的にフロート展開を行う米国とフランスでは,データシステムのプロトタイプが構築された.2000年3月のAST第2回会合(英国サウザンプトン)では,プロトタイプの活動開始を背景に,データシステムについてより具体的な提案が米国及びフランスから行われた.米国が示したデータシステムのたたき台は,同システムにおけるデータ処理を8つの段階に分類している(第1図).第1図の各段階のうち,1)〜3)が第1.1節で述べた全データの即時公開と集約,及び現業的利用の確保を,4)〜5)が調査・研究的利用の確保を実現するためのデータ処理段階である.そしてそれに加えて,観測網の監視や計画の有効性を世に示すプロダクトの定期的な作成等に関するデータ処理段階:6)〜8)が提案された.会合ではこれらの案に関する議論が行われ,結果として,共通フォーマットの利用や全球通信システム(GTS: Global Telecommunication System)への入力を含めた全データの公開等の義務的事項の履行を前提とした複数国のデータ処理機関の参加による国際的なデータシステム構築に向けての考え方がまとまった.これにもとづき各国間で互換性のあるデータシステムの早期構築のためのタスクチームが設立された.
データ処理は,1) データの取り込みと共通フォーマット化,2) 即時品質管理,3) データの即時公開,4) 遅延品質管理,5) データの較正と評価,6) 観測ネットワークの監視,7) プロダクト作成,8) 再解析,の8つの処理段階から成る.この案では1)〜3)はデータ収集後12時間以内に,6)までは3ヶ月以内に,7),8)はその後随時行われることになっている.
第1図 アルゴ科学チーム第2回会合(2000年3月)で米国から提案されたアルゴデータシステムにおけるデータ処理の概念(AST, 2000)
このタスクチームはアルゴデータシステムにおけるデータ処理等をとりまとめた「アルゴデータ管理ハンドブック」の素案を作成し,その内容の議論を目的として「アルゴデータ管理ワークショップ」を2000年10月にフランスのブレストで開催した.このワークショップはデータ処理・管理の実務を行う各国データ処理機関から多数の専門家が参加したはじめての会合であり,アルゴデータの処理・管理の実務が具体的に話し合われたほか,かかる事項を国際的に検討する人的ネットワークが確立された.同ワークショップでは,GTS及びインターネットを介したデータの即時公開等の既定方針が確認されたほか,共通フォーマット及び品質管理手順の標準化の具体的作業が開始された.また,フランス国立海洋開発研究所(IFREMER: French Institute of Research into the Exploitation of the Sea)と米国海軍艦隊数値気象海洋センター(FNMOC: Fleet Numeric Meteorology and Oceanography Center)の二機関に,全てのアルゴデータを集約する全球データセンターを設置すること,及び米国国家海洋データセンター(米国NODC: National Oceanographic Data Center)がデータの長期保管を担当することが合意された.
これらの合意事項は2001年3月のAST第3回会合(カナダ・ブリティッシュコロンビア州シドニー)に報告され,ASTは同会合において共通フォーマット,品質管理手順等,データ管理に関する事項を今後検討する組織として,アルゴデータ管理小委員会を設置した(AST, 2001; 吉田, 2001).
アルゴデータ管理小委員会第1回会合は,2001年11月にフランス・ブレストで開催された.本章では同会合の結果を中心に,現時点で合意されているアルゴデータシステムの構成と機能について述べる.
第1章で述べたように,アルゴ計画は,全世界的に国際共同で実施するという性格上,フロート製造者,フロート運用機関,データ処理機関は多岐にわたらざるを得ない.これら多岐にわたる機関から生産されるデータが等しくユーザに利用され,アルゴ計画の成果が最大限なものとなるためには,データ利用に際し個々のユーザが複雑な処理を行う必要がないよう,データ処理方法を標準化する必要がある.また,アルゴ計画の最大の産物である観測データを最大限に活かすためには,多様なユーザが適切なタイミングでその時点における最善のデータに容易にアクセス可能なことが要求される.これらを実現するために,アルゴデータシステムは,複数国のデータ処理機関がそれぞれの分担に応じた機能を果たす国際的なシステムとなっている.
3.1 アルゴデータシステムの構成
アルゴデータシステムの概念は第2図のとおりである.システムは各国のフロート運用機関,国別データセンター,地域データセンター,及び全球データセンターにより構成される.
第2図 アルゴ計画におけるデータフロー
フロートが海面で通報した生データは通信衛星経由で,地上局を介して国別データセンターに随時伝送される.国別センターは生データを水温・塩分鉛直プロファイルや海面漂流データに変換し,即時品質管理を行った後GTSに入力するとともに,全球データセンター及びフロート運用機関にデータを送付する.フロート運用機関(あるいは調査責任者(PI: principal Investigator))は自らのフロートデータを吟味し,必要に応じて更正を行った後,国別データセンター経由で全球データセンターに更正済みのデータを送付する.
地域データセンターは全球データセンターから取得したデータをもとに海域ごとの遅延品質管理やプロダクトの作成等を担当し,必要に応じてフロート運用機関に遅延品質管理情報を提供する.
全球データセンターは,その時点での最善のデータをインターネットを介してユーザに提供する目的で,アルゴデータ公開用のftpサーバを運用する.同サーバには全世界のアルゴデータが集約され,ユーザからのデータアクセスの一元化を実現する.
なお,十年,数十年の長期にわたるデータの長期保管は,既存の海洋データの長期管理の枠組みであるIOC国際海洋データ・情報交換(IODE: International Ocean Data and Information Exchange)において行われることが適当とされ,IODEの世界データセンターの一つである米国NODCがこれを行う(第2.2節).
以上が概念的なデータシステム構成機関の役割分担であるが,実際には同じ機関が複数のデータセンターあるいはフロート運用機関を兼務する場合もあり,第2図の概念に示されたそれぞれの機能が各国の実情に応じて柔軟に実施されている.例えば,英国が投入したフロートデータの即時処理はフランス気象局が実施しているし,ニュージーランドが投入したフロートデータのGTS入力は米国が行っているなど,フロート運用機関と国別データセンターの関係は必ずしも同じ国の機関同士に限定されない.また,フランスではIFREMERが全球データセンターと国別データセンターを兼ねており,さらに地域データセンター機能にも関心を示している.我が国においては,気象庁が国別データセンターを務めるが,第2図において国別データセンターの機能に分類される遅延品質管理後のデータの全球データセンターへの送付は海洋科学技術センターが実施することにしている.
3.2 それぞれのデータ処理
2001年11月のアルゴデータ管理小委員会第1回会合時点で,第1図に示したデータ処理段階のうちの,1)データの取り込みと共通フォーマット化,2)即時品質管理,及び3)データの即時公開,についてはある程度内容が具体化している.これらはデータシステムの一部として各データセンターがまず共同して行わなければならない最低限の要素である.また,全データの集約の目的で設置された全球データセンターも,すでに活動を開始している.以下に,これら3つのデータ処理段階及び全球データセンターの機能について解説する.
データの取り込みと共通フォーマット化
衛星通信サービスから伝送された生データは所定の共通フォーマットに整形される.この際,個々のフロートに割り振られた識別子とメタデータが付加される.この識別子には世界気象機関(WMO: World Meteorological Organization)ブイ番号が利用されるが,上2桁を海域(第3図),下3桁を通し番号として使用する従来の5桁のWMOブイ番号では一義的にフロートを特定するための桁数が不十分であることから,フロートに対しては通し番号として使用する桁を5桁に拡張したトータル7桁のWMOブイ番号が,2001年6月1日以降に展開されるフロートに対して割り当てられている(WMO, 2001).
フロートのメタデータ,水温・塩分鉛直プロファイルデータ,及びフロートの海面漂流中に得られる位置,海面水温・塩分データ等の軌跡(trajectory)データを記述するための共通フォーマットとして,アルゴデータ管理小委員会第1回会合で,アルゴデータ用netCDFバージョン2が定義され,インターネットを介したデータ交換にはこのフォーマットが用いられることになった.
WMOブイ番号の上2桁の海域番号のうち,1桁目はWMO地区の番号を示す.例えば第II地区(アジア)の周辺海域に展開されるブイ番号の当該桁は2である.2桁目は定置・海面漂流ブイの場合は投入された副領域の番号.中層フロートの場合は9が割り当てられる.
第3図 WMOブイ番号に含まれる海域番号の区分
即時品質管理
整形された生データには自動処理による即時品質管理が施される.即時品質管理の対象項目とチェックの内容,及び不良値が検出された場合のGTS入力上の対処を第2表に示す.GTSへの入力フォーマットはTESAC(国際気象通報式FM64:海洋観測通報式)を用いる.TESACには,即時品質管理で不良と判断された層を除き,生データの全ての観測層の水温・塩分値を含める.観測層の圧力はUNESCO(1983)の換算式により深度に変換される.
第2表 アルゴデータシステムにおける即時品質管理の対象項目とチェックの内容,及び不良値が検出された場合のGTS入力時の対処 *1米国地球物理データセンター(NGDC:National Geophysical Data Center)による空間分解能緯度経度5分の標高データセット.
*2チェック式:|V2 - (V3 + V1)/2| - |(V3 - V1)/2|.ここで,V2はチェック対象層の観測値,V1及びV3はチェック対象層のそれぞれ直近上層及び直近下層の観測値.
*3チェック式:|V2 - (V3 + V1)/2|.ここで,V2はチェック対象層の観測値,V1及びV3はチェック対象層のそれぞれ直近上層及び直近下層の観測値.
項目 内容 GTS入力時の不良値への対処 フロート識別子 伝送端末(PTT: Platform Transmitter Terminal)番号とWMOブイ番号の対応が正しいこと 電文を入力しない 日付 1997年以前の年は不可.月,日,時,分がそれぞれ1〜12,1〜各月の月末の日,0〜23,0〜59の範囲内であること 同上 位置 緯度,経度がそれぞれ-90〜90,-180〜180の範囲内であること 同上 海陸判別 全球水深データ: ETOPO5*1における海洋に位置すること 同上 移動速度 移動速度が3m/sを越えないこと.フロートが海面にある間に得られる一連の位置・時刻データに許容範囲内のデータがあれば当該位置を採用する 同上 水温・塩分の範囲 水温が-2.5〜40℃,塩分が0〜41psuであること.紅海では水温が21.7℃以上,地中海では塩分が40psu以下であること. TESAC報から当該層を除く 水圧 連続する層で同一の水圧の場合は最も浅い層のみ良.水圧逆転の場合は逆転部分の全層が不良. 同上 スパイク チェック式*2の値が,500dbより浅い層で水温6℃以下,塩分0.9psu以下,500db以深で水温2℃以下,塩分0.3psuなら良. 同上 最上層/最深層 直近層との水温差が1℃を超える場合,塩分差が0.5psuを超える場合は不良 同上 鉛直傾度 チェック式*3の値が,500dbより浅い層で水温9℃以下,塩分1.5psu以下,500db以深で水温3℃以下,塩分0.5psu以下なら良. 同上 値の折り返し 通報可能範囲を超えた値は通報可能最小値から折り返して報じられる.データ取り込み処理において対処されなかった折り返しを検出するために,隣接する層との水温の差が10℃を超える場合,または塩分の差が5psuを超える場合は不良. 同上 棒書き 全ての水温値が同一,あるいは全ての塩分値が同一. 電文を入力しない 密度逆転 UNESCO(1983)により算出された密度が直近上層よりも小さい場合不良. TESAC報から当該層を除く
データの即時公開
即時品質管理後の水温・塩分プロファイルデータデータは,フロートが海面到達後24時間以内にGTSに入力するのが原則である.しかし,何らかの理由で24時間を超えた場合でもGTSに入力する.GTSへの入力と同時に全てのデータは全球データセンターに転送される.全球データセンターへの送付に使用される共通フォーマットは品質管理フラグも記述可能であり,全球データセンターには,GTSに入力されなかったプロファイルデータ及びGTS電文から削除された層のデータも含めて,全ての情報を保持するプロファイルデータが送付される.なお,将来的にはより柔軟性の高い電文フォーマット(BUFR:国際気象通報式FM94,二進形式汎用気象通報式)の使用により,GTSに入力するデータにも品質フラグを含めることが可能となる.
全球データセンターの機能
全球データセンターは国別データセンターから受領したデータ即時及び遅延品質管理後のデータをフロート毎,海域毎等のカテゴリーに分類された提供用ディレクトリに格納し,公開する.これらのデータは,国別データセンターからより良い遅延品質管理が施されたデータが提出された時点で上書きされる.したがって,全球データセンターのデータ提供用ディレクトリに格納されたデータは,常にその時点での最善のものである. 全球データセンターを務めるIFREMERとFNMOCはお互いのサーバの内容を常にチェックしあい,保有するデータを完全に一致させる.
3.3 最終データの長期保管
米国NODCは全球アルゴデータセンターからデータをダウンロードし,最終保管データを作成する.全球データセンターと米国NODCの機能の差は,全球データセンターが随時データを上書きし,その時点の最善のデータのみを扱うのに対し,米国NODCは全球データセンターがその時々に保有するデータを履歴データとして全て保管することにある.また,米国NODCは,バイナリ形式のnetCDF形式に加えてひと目でデータの内容を理解できる文字形式のファイルを作成し利用者の便を図るほか,インターネットアクセスを有しないユーザも考慮してデータ利用のためにツールや応用ソフトウエアも併せて収録したCD-ROMによる定期的なデータ頒布を実施する.
アルゴ計画においては,フロートにより観測されるデータ自体を扱うためのデータシステムのほかに,計画を円滑に遂行するための機関としてアルゴ情報センター(AIC)が設置されている.AICは,アルゴ計画と同様に各国の貢献により維持されている海面漂流ブイ及び篤志船観測網に関する国際調整を任務とするデータブイ共同パネル・篤志観測船(DBCP-SOOP: Data Buoy Cooperation Panel-Ship of Opportunity Programme)調整官が極めて有効に機能していることに鑑み,データ以外のアルゴ計画に関する情報(各種ドキュメント,技術的情報,フロート展開情報,関連会議に関する情報,各国のコンタクトポイントへのリンク等)の提供等を行う機関として設置された.また,沿岸国の排他的経済水域等に流入するフロートに関する情報を提供することもAICの重要な役割である.これらの役割を果たすために,AICは上記各種情報提供のためのウエッブサイト(第1表)を運用している.なお,2001年6月のWMO/IOC合同海洋・海上気象専門委員会(JCOMM)第1回会合において,AICはJCOMM現場観測プラットフォーム運用支援センター(JCOMMOPS: JCOMM in situ Observing Platform Support Center)の一部に位置付けられることになった(吉田・佐伯,2001).
我が国は国際アルゴ計画の一翼を担う国内プロジェクトである「高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築」を2000年度から開始した.同プロジェクトを国内関係機関の連携のもとに推進する組織として設置された「高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築」推進委員会は,アルゴデータ処理に関する国際基準策定への対処等を付託事項として「データの配信・処理等に関する作業部会」を設置した.我が国のアルゴデータシステムは,この作業部会での議論を踏まえ,国際的なアルゴデータシステムとの整合性を持つものとして構築された.
我が国のアルゴデータシステムは,気象庁が運用する「リアルタイムデータ品質管理・配信システム」と,海洋科学技術センターと地球観測フロンティア研究システムが協同で運用する「高品質データベース」から成る(第4図).これにより,即時品質管理,GTS及びインターネットによるデータの即時的な公開,高度な遅延品質管理,データプロダクトの作成・提供等,アルゴデータシステムに必要な要件を満たすこととしている.以下に,システムの詳細を記述する.
第4図 「高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築」におけるデータ等の流れ
5.1 リアルタイムデータ品質管理・配信システム
このシステムはアルゴデータの即時処理の部分を担当する.機能は大きく二つに分けられる.
第一の機能は,国内のフロート運用機関から送付されてくるフロートからの生データを,解読・整形し,即時品質管理を施した後,即時公開を行うというものである.生データの入手元としては,「高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築」においてフロート運用機関を担当する海洋科学技術センターのほか,「高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築」以外のプロジェクト等で中層フロートを展開する機関も想定している.中層フロートの生データは衛星通信事業者からフロート運用機関に電子メールで配送されたものが,フロート運用機関からリアルタイムデータ品質管理・配信システムに自動転送される.入手した生データは解読・整形され,国際的に合意された手順による即時品質管理(第2表)が施される.即時品質管理後のデータは,GTS入力用フォーマット(現在はTESAC.将来はBUFRに移行),ウエッブサーバ用のアスキー形式のフォーマット(現在はTESAC),及び共通フォーマット(アルゴ用netCDF)に変換され,それぞれ,GTS入力,ウエッブサーバでの公開,及びftpサーバでの公開が行われる.これらのうち共通フォーマットに変換されたデータは,全球データセンターに送付される.
第二の機能は,第一の機能で取り扱うデータにGTSを介して得られる外国のフロートデータを加えた全世界のフロートデータを即時的に公開するとともに,これらのデータをもとに各種プロダクトを作成・提供する機能である.現在,リアルタイムデータ品質管理・配信システムが作成・提供しているプロダクトは,全球及び海域ごとの中層フロート分布図(第5図),フロートの水温・塩分鉛直断面図(第6図),及び太平洋月平均表層水温(100m, 200m, 400m)分布図である.これらすべてのプロダクトは「アルゴ計画リアルタイムデータベース」ウエッブサイト(第1表)から閲覧可能である.
気象庁宛送付された我が国中層フロートデータ及び全球通信システム(GTS)を介して外国から入手した中層フロートデータの全球(上)及び日本近海(下)の2001年10月15日現在の分布.全球に分布する中層フロートの数は415個.個々の中層フロートの最新位置を星印で示した.下図における番号は個々の中層フロートに割り当てられたWMOブイ番号.
WMOブイ番号: 29076の中層フロートが2001年10月12日18時42分(世界時)に北緯38.518度,東経145.617度で観測した例.縦軸は水深(その水深の圧力で表示.単位はデシバール),横軸は水温(℃)及び塩分(実用塩分単位).
第5図 全球及び日本近海の中層フロートの分布
第6図 中層フロートによる水温・塩分鉛直断面データの一例
リアルタイムデータ品質管理・配信システムにおける主要処理は,24時間,週7日対応の完全自動で行われる.フロート生データについては,ひとつの水温・塩分プロファイルが複数の電子メールに分割して配信されるため,最初の電子メールを入手してからある程度の待機時間を設け,その間に配信される残りの電子メールを統合してプロファイルを再現する必要がある.アルゴスシステムにおいては98%のデータが衛星で受信されてから12時間以内に電子メールで配信されている(高槻ほか, 2001a)ことから,本処理における待機時間は12時間に設定した.12時間以内にプロファイルが再現できた場合には,プロファイルが再現出来次第,より短いタイムラグで次の処理に移る.再現された水温・塩分プロファイルデータは,即時品質管理を施された後,GTSに入力される.即時品質管理からGTS入力に至る処理は毎時実施し,それにより新たなプロファイルデータは,逐次品質管理を受け,GTSに入力される.これらにより,フロートの海面到達後24時間以内の即時データ公開を実現している.
一方,外国機関からGTS入力されたアルゴデータについては,毎時処理によりGTS入力後1時間以内にウエッブサーバで公開している.
5.2 高品質データベース
高品質データベースは科学的利用のための高品質な遅延品質管理を主な機能として実施するほか,全球データサーバからデータ取得を行い,全アルゴデータ及びプロダクトの提供を行う(高槻ほか, 2001a; 2001b).遅延品質管理の手法としては,気候値との比較において,1) 深度面で平均した気候値データセットに加えて密度面で平均した気候値データセットを使用する,2) 密度面で平均した気候値の作成にあたっては観測密度および水塊分布を考慮して海域区分を設定するなど,より高い精度で品質管理を行うことが可能な新たな手法(小林ほか, 2001)を導入する.
これら高品質な遅延品質管理後のデータや,全アルゴデータ及びプロダクトは,「アルゴ計画高品質データベース」ウエッブサイト(第1表)及び同データベースのftpサイトから入手可能である.
当庁を含めたアルゴデータシステムを構成する各データセンターは,さしあたり行わなければならない最低限の要素についての国際的な合意に基づき,データ処理システムの整備を開始した.アルゴデータ管理小委員会では2002年3月のアルゴ科学チーム第4回会合を目途に各国の到達状況を集約することとしており,これを目途に整備が進むものと考えられる.同時に,各国による中層フロート展開も進行しており,アルゴ計画は順調にその形を整えつつある.アルゴデータシステムを含むアルゴ計画は,GODAEは言うに及ばず,その他の業務的海洋情報サービス分野や気象・海洋学における調査・研究分野でデータが利用されてこそ,その存在意義が認められる.ここで紹介したアルゴデータシステムのデータ,プロダクトが幅広く利用され,海洋情報サービスが充実し,海洋の科学的理解が深まることを期待する.