海洋酸性化

海洋酸性化とは

人間活動によって排出される二酸化炭素は、地球温暖化を引き起こす主要な温室効果ガスです。地球温暖化は、海水温の上昇や海面水位の上昇を引き起こし、海洋環境にも影響を及ぼします。さらに近年、大気中に放出された二酸化炭素を海洋が吸収していることにより引き起される問題として「海洋酸性化」が指摘されています。

海水中のpHは一般的に弱アルカリ性を示し、表面海水中での約8.1から深くなるにつれてpHは下がり、北西太平洋亜熱帯域では水深1000m付近で約7.4と最も低くなります(北西太平洋亜熱帯域でのpHの平均的な鉛直分布)。これは、深くなるにつれて有機物の分解により海水中の酸素が消費され、全炭酸濃度が増加することによります。二酸化炭素が多く溶け込むとpHが下がり、海水のアルカリ性が弱まります。海洋酸性化の指標として用いられるpHは、水素イオン濃度の逆数の対数で定義される値であり、水素イオン濃度が増えるとpHは下がります。このように海洋のpHが長期にわたって低下する現象を「海洋酸性化」と呼んでいます。IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書(IPCC, 2021)によると、人間活動で排出された大気中の二酸化炭素を海洋が吸収することにより、全球平均の海洋表面pHは、今世紀末には19世紀終盤に比べ0.16~0.44低下すると予測されています。また、海洋表層で吸収された二酸化炭素が、海洋の循環や生物活動により海洋内部に運ばれ蓄積することによる、海洋内部での酸性化も指摘されています。

北西太平洋亜熱帯域でのpHの平均的な鉛直分布

北西太平洋亜熱帯域でのpHの平均的な鉛直分布

地図中の赤塗りつぶし部分で得られた観測データから求められた北西太平洋亜熱帯域でのpHの平均的な鉛直分布を示します。
赤線は平均値、塗りつぶしは標準偏差の範囲(±1σ)を示しています。

海洋酸性化のメカニズム

二酸化炭素は、海面を通じて大気と海洋の間で活発に出入りしています(海洋による二酸化炭素の吸収・放出の分布)。海洋中に溶けた二酸化炭素(CO2)は炭酸(H2CO3)となります(式(1))。炭酸(H2CO3)は、海洋中では水素イオン(H+)が解離した炭酸水素イオン(HCO3-)や炭酸イオン(CO32-)との間で、式(2)と式(3)で表わされる反応により化学平衡の状態を保っています。大気中の二酸化炭素が増えると、海水に溶け込む二酸化炭素も増え、式(1)と式(2)の反応が下に進んで、水素イオン(H+)が発生します。発生したH+の大部分は式(3)の反応が上に進むことにより消費されますが、一部のH+はそのまま残り、CO32-が減少します。結果としてH+が増加するためpHは下がります。

海洋中の二酸化炭素

海洋中の二酸化炭素

海水中に溶け込んだ二酸化炭素(CO2)は、炭酸水素イオン(HCO3-)や炭酸イオン(CO32-)と化学平衡の状態にあります。大気中の二酸化炭素が増えると、これらの反応に伴って水素イオン(H+)が解離し、海洋を酸性化させます。

海洋酸性化の現状

海洋酸性化の可能性は、1970年代はじめにBroecker et al. (1971)によって指摘されました。しかし、当時はまだ海水のpHを正確に測る方法が確立されていなかったため、海水の酸性化の実態を明らかにするには至りませんでした。その後、1980年代から測定手法の改良が進んで正確な観測データが得られるようになり、さらに1990年代末から2000年代はじめにかけて、海洋酸性化が海洋生物に影響を及ぼすことが指摘されはじめたことで、研究者の間で海洋酸性化への問題意識が急速に高まりました。

海洋酸性化が実際に進んでいることは、現在までに、いくつかの長期的な時系列観測データから明らかになっています。太平洋のハワイ近海では、Dore et al. (2009)が、表面海水中の二酸化炭素濃度の長期的な上昇を報告しており、それに伴うpHの低下を報告しています。西部北太平洋においても、Midorikawa et al. (2010)が、気象庁の東経137度線の観測定線において、1983年から2007年の表面海水中のpHの平均低下速度が、冬季に10年あたり−0.018±0.002、夏季に10年あたり−0.013±0.005であったと報告しています。北太平洋亜寒帯域(Wakita et al., 2013)や大西洋(Bates et al., 2012、González-Dávila et al., 2010、Astor et al., 2013)、南大洋・地中海(Currie et al., 2011、Touratier and Goyet, 2011)などでも、表面海水中のpHの低下傾向が報告されています。

また、海洋酸性化は、海洋内部でも進行していることが報告されています。Byrne et al. (2010)は、1990年代と2000年代に世界的に行われた高精度・高密度観測の結果から、北太平洋中央部における海洋内部で著しいpHの低下を検出し、このpHの変動への人為起源二酸化炭素の蓄積による寄与と自然変動による寄与は同程度であったことを報告しています。Wakita et al. (2013)は、北太平洋亜寒帯域の水深200~300m付近でのpHの低下速度が10年あたり−0.051±0.010であったと報告しており、人為起源二酸化炭素の蓄積だけでなく有機物分解の影響を指摘しています。また、Dore et al. (2009)は、ハワイ近海では水深約250mでのpHの低下速度がもっとも速いことを報告しています。大西洋においても海洋内部でのpHの低下が報告されており(Bates, 2012、González-Dávila et al., 2010、Olafsson et al., 2009)、海洋酸性化は表面海水中だけでなく海洋内部においても世界的に進行していると考えられます。

さらに、数値モデルによる現在気候の再現実験や将来予測の研究も行われています。IPCC(2021)によれば、人間活動で排出された大気中の二酸化炭素を海洋が吸収することにより、全球平均の海洋表面pHは、今世紀末には19世紀終盤に比べ0.16~0.44低下すると予測されています。

海洋酸性化は、将来大気へ排出される二酸化炭素の量に応じて進んでゆくと指摘されています(Gruber, 2011)。しかし、海洋酸性化の進行について、まだ実態はよく分かっていません。今後、海洋酸性化の影響が懸念されるため、海洋の監視を継続し科学的な知見を集積していくことが必要です。

表面海水中の水素イオン濃度指数(pH)の長期変化傾向の報告
海域 長期変化傾向(/10年) 参考文献
太平洋
3°N-33°N, 137°E (冬季) −0.018±0.002 Midorikawa et al., 2010
(夏季) −0.013±0.005
22°45'N, 158°W −0.017±0.001* Dore et al., 2009
47°N, 160°E −0.024±0.007* Wakita et al., 2013
大西洋
32°50'N, 64°10'W −0.017±0.001* Bates et al., 2012
29°10'N, 15°30'W −0.014±0.001* González-Dávila et al., 2010
10°30'N, 64°40'W −0.024±0.003* Astor et al., 2013
南大洋・その他
45°50'S, 171°30'E −0.016±0.003* Currie et al., 2011
43°25'N, 7°52'E −0.019±0.009* Touratier and Goyet, 2011

*; WMO Greenhouse Gas Bulletin No.10 (WMO, 2014) より引用。

海洋内部における水素イオン濃度指数(pH)の長期変化傾向の報告
海域 深さ 長期変化傾向(/10年) 参考文献
太平洋
22°45'N, 158°W 約250m 約−0.03 Dore et al., 2009
47°N, 160°E 約200~300m −0.051±0.010 Wakita et al., 2013
大西洋
32°50'N, 64°10'W 約300~400m −0.022±0.002 Bates, 2012
29°10'N, 15°30'W 200m −0.013±0.005 González-Dávila et al., 2010
68°N, 12°40'W 1500m以深 −0.006±0.001 Olafsson et al., 2009
水素イオン濃度指数(pH)の長期変化傾向

水素イオン濃度指数(pH)の長期変化傾向の報告海域

図中の数字は、表の海域の欄の数字に対応しています。

参考文献

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  • Touratier, F., and C. Goyet (2011), Impact of the Eastern Mediterranean Transient on the distribution of anthropogenic CO2 and first estimate of acidification for the Mediterranean Sea, Deep-Sea Res. I, 58(1), 1-15.
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  • WMO (2014), WMO Greenhouse Gas Bulletin No.10

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