北極で南極のような大規模なオゾンホールが発生しない理由


 1990年代以降、北極域上空でもオゾン層の顕著な破壊が数年おきに観測されています。 しかし、北極域上空のオゾン層破壊は、南極オゾンホールほどには大規模にならないことがほとんどです。 これは、北極の冬季の下部成層圏の気温が南極よりも高く、また、北極の極渦は南極の極渦よりも安定しないためです。

北極と南極の下部成層圏気温の違い

 オゾン層の破壊を促進する極域成層圏雲が発生する目安となる−78℃(「南極でオゾンホールが発生するメカニズム」参照)を基準にみると(図1)、この気温を下回る期間は平均して南半球では5か月以上続きますが、 北半球では2か月程度しか続きません。このような気象条件の違いのため、北極域では、南極のような大規模なオゾン破壊は通常起きませんが、 年によっては気温がわずかに低下することで極域成層圏雲の発生する期間・領域が大幅に拡大し、 オゾン破壊が一気に加速します。このように気温の変動に敏感なことから、 北極域のオゾン破壊の規模は年ごとの変動が大きくなります。
 それでは、なぜ北半球冬季の成層圏の方が南半球冬季よりも気温が高いのでしょうか?その理由は次の通りです。
北半球冬季では、しばしば成層圏突然昇温現象が起きます。これは約1週間以内の間に高緯度成層圏の気温が25℃以上上昇する現象で、 対流圏の地球規模の波(プラネタリー波)が増幅し成層圏へ伝播することで引き起こされています。 北半球の地球規模の波の形成にはヒマラヤ山脈やロッキー山脈などの大規模な山岳がかかわっていますが、 南半球は海が多く、大規模な地形の変化があまりありません。南半球では地球規模の波が弱く、冬季の成層圏突然昇温が起こりにくいため気温は低く保たれますが、 北半球では成層圏突然昇温が起きやすく気温も高くなり、成層圏の極渦もより不安定な状態となります。


北半球50hPa面における高緯度域の最低気温の年変化 南半球50hPa面における高緯度域の最低気温の年変化
図1 北半球(左)と南半球(右)の50hPa面における高緯度域の最低気温の年変化
(左)50hPa面における日別の北緯60度以北の最低気温、(右)50hPa面における日別の南緯60度以南の最低気温。 赤実線は1979〜2010年の累年平均値、黄色の領域は同期間の最大値と最小値の範囲。横線は極域成層圏雲発生の目安である−78℃。  気温データには、気象庁と(財)電力中央研究所が共同で実施した長期再解析(JRA-25)、 及びそのシステムを引き継いだ気象庁気候データ同化システム(JCDAS)による解析値を用いています。 ただし、1979〜1998年についてはヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)の40年再解析(ERA-40)を使用しています。

2011年の北半球高緯度のオゾン破壊

 2011年の冬季〜初春にかけては、例年と比べて-78℃を下回る低温期が長く継続した ことなどから、下部成層圏(高度18〜20Km)の化学的に破壊されたオゾン量が、南極オゾンホールに匹敵する規模となった ことが報告されています(Manney et. al, 2011)。
 冬季の北半球高緯度は、もともと南極よりもオゾン全量が平均的には〜100 m atm-cmほど多いため、 オゾン破壊が南極オゾンホールに近い規模だったとしても、破壊が進んだあとの春季のオゾン全量は、 南極オゾンホールほどには低下しません(図2)。

北半球南半球
2011年3月25日の北半球オゾン全量分布図 2011年9月12日の南半球オゾン全量分布図
図2 2011年春季の北半球(左図)と南半球(右)の日別オゾン全量分布図
オゾン破壊が顕著だった時期の日別オゾン全量分布図。左図は、北半球の2011年3月25日、 右図は南半球の2011年9月12日。南極オゾンホールの広がりの目安として、 オゾン全量が220m atm-cm以下の領域を灰色で示しています。 白色部分はデータが得られなかった領域です。 米国航空宇宙局(NASA)提供の衛星データから作成。


参考文献

  • Manney, G. L., M. L. Santee, M. Rex., N. J. Livesey, M. C. Pitts, P. Veefkind, E. R. Nash, I. Wohltmann, R. Lehmann, L. Froidevaux, L. R. Poole, M. R. Schoeberl, D. P. Haffner, J. Davies, V. Dorokhov, H. Gernandt, B. Johnson, R. Kivi, E. Kyrö, N. Larsen, P. F. Levelt, A. Makshtas, C. T. McElroy, H. Nakajima, M. C. Parrondo, D. W. Tarasick, P. von der Gathen, K. A. Walker, and N. S. Zinoviev (2011): Unprecedented Arctic ozone loss in 2011 echoed the Antarctic ozone hole, Nature, 478, 469-475.

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