展示室1 温室効果ガスに関する基礎知識

 工業化時代以降、特に20世紀に入ると急速に、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、人工物質であるハロカーボン類などの温室効果ガスが増加しています。これらの増加がもたらす地球温暖化は、自然の生態系や人間社会に大きな影響を及ぼすことから、人類の生存基盤を揺るがす問題となっています。
 このため、気候変動に関する国際連合枠組条約などのもとで世界各国が温室効果ガス排出削減などに向けた対策に取り組むとともに、これら大気成分の濃度変化について世界各国の協調のもとで組織的な観測・監視が行われています。


温室効果ガスの大気中濃度変動

 過去80万年間の大気中のよく混合された温室効果ガス濃度の変動を図に示します。気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)第6次評価報告書第1作業部会報告書によれば、1750年頃以降に観測された、よく混合された温室効果ガス(GHG: Greenhouse Gas)の濃度増加は、人間活動によって引き起こされたことに疑う余地がないとされています。主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)及び一酸化二窒素(N2O)の2019年の年平均値は、二酸化炭素が410 ppm、メタンが1866 ppb、一酸化二窒素が332 ppbに達しました。2019年には、大気中の二酸化炭素濃度は、少なくとも過去200万年間のどの時点よりも高く(確信度が高い)、メタン及び一酸化二窒素の濃度は、少なくとも過去80万年間のどの時点よりも高くなりました(確信度が非常に高い)。1750年以降の二酸化炭素濃度の増加(47%)とメタン濃度の増加(156%)は、少なくとも過去80万年間にわたる氷期-間氷期間の数千年の自然変動をはるかに超えており、一酸化二窒素濃度の増加(23%)はこの期間の変動と同程度です(確信度が非常に高い)。

大気中濃度1

氷床コアから復元された大気中のよく混合された温室効果ガス (WMGHG) 濃度(IPCC, 2021)
パネル(a)過去80万年間の記録。挿入図は、最終氷期最盛期 (LGM) から完新世への遷移を示し、水平の黒い棒は、それぞれLGMと最終氷期の終末期(LDT)である。パネル(b)西暦紀元の複数の高解像度記録。赤と青の線は、それぞれCO2とN2O濃度の100年移動平均である。垂直矢印に付加された数値は、2019年に観測機器で測定された濃度である。



 次に、大気中ハロカーボン類の世界平均濃度の変動を図に示します。ハロカーボン類は塩素、臭素等のハロゲン分子を含む炭素化合物の総称で、大部分は強力な温室効果ガスでもあります。人工的な生産により、その大気中濃度は20世紀後半以降急速に増加しました。そのうち、クロロフルオロカーボン(CFC)類はオゾン層破壊物質(ODS)でもあり、 1987年に採択され、1989年に発効したオゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書により生産等が規制され、現在では大気中濃度は減少傾向にあります。一方で、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)類もその規制対象であるものの、依然として大気中濃度の増加が続いていますが、近年その増加率は鈍化してきています。近年では成層圏オゾンを破壊する効果のないハイドロフルオロカーボン(HFC)類がCFC類の代替物質として使用されてきており、大気中濃度は増加傾向にあります。HFC類に関しても、 2016年にモントリオール議定書の規制対象物質に追加する改正(キガリ改正)が行われています(2019年発効)。また、四フッ化炭素(CF4)等を含むパーフルオロカーボン(PFC)類も大気中濃度の増加傾向が続いています。その他、六フッ化硫黄(SF6)も非常に強力な長寿命の温室効果ガスであり、化学工業生産されて配電設備や半導体製造等で使用されており、大気中濃度は1990年代半ばと比較して2倍以上にまで増加してきています。(ハロカーボン類(フロン類)のページも参照)

大気中濃度2

オゾン層破壊物質とその他の大気中温室効果ガスの世界平均濃度(IPCC, 2021)
表示されているデータは、CMIP6の歴史実験データセットとNOAA及びAGAGE全球観測ネットワークからのデータに基づいている。PFCsには、CF4、C2F6、C3F8、及びc-C4F8が含まれる。ハロン類には、ハロン-1211、ハロン-1301、及びハロン-2402が含まれる。その他のHFCsには、HFC-23、HFC-32、HFC-125、HFC-143a、HFC-152a、HFC-227ea、HFC-236fa、HFC-245fa、HFC-365mfc、及びHFC-43-10mee が含まれる。鉛直軸の範囲はパネル(a)、(b)、(c)で異なり、解釈の補助のため各パネルの横に25 pptの尺度が表示されていることに留意されたい。



人間活動の影響を受ける温室効果ガスの例

  CO2
二酸化炭素
CH4
メタン
N2O
一酸化二窒素
CFC-11
クロロフルオロカーボン
HFC-23
ハイドロフルオロカーボン
SF6
六フッ化硫黄
CF4
四フッ化炭素
工業化以前(1750年)の濃度 278.3±2.9 ppm 729.2±9.4 ppb 270.1±6.0 ppb 存在せず 存在せず 存在せず 34.05±0.33 ppt
2019年の濃度 409.9±0.4 ppm 1866.3±3.3 ppb 332.1±0.4 ppb 226.2±1.1 ppt 32.4±0.1 ppt 9.95±0.03 ppt 85.5±0.2 ppt
濃度の変化率a 2.4 ppm/年 7.9 ppb/年 1.0 ppb/年 -1.4 ppt/年 1.0 ppt/年 0.33 ppt/年 0.8 ppt/年
大気中の寿命b 11.8年 109年 52年 228年 1,000年 50,000年

  ※IPCC(2021)をもとに作成。
  ※ppmは乾燥空気中の分子の100万個中、ppbは10億個中、pptは1兆個中にある対象物質の個数を表す。
  a 変化率は、2011~2019年の平均値。
  b 大気中の寿命は、メタンと一酸化二窒素については応答時間(一時的な濃度増加の影響が小さくなるまでの時間)を、その他の温室効果ガスについては滞留時間(気体総量/大気中からの除去速度)を掲載。二酸化炭素は、時間スケールの異なる様々な過程で海洋や陸域に取り込まれるため、大気中の寿命を1つの値で表すことができない。

二酸化炭素(CO2

 二酸化炭素は、地球温暖化に及ぼす影響がもっとも大きな温室効果ガスです。工業時代における大気中のCO2の増加が人間活動の結果であることには疑う余地がないとされています(IPCC, 2021)。人為的なCO2排出の総量のうち、81~91%が化石燃料の燃焼及びセメント生産によるもので、残りは土地利用変化及び土地管理(例えば、森林減少、劣化、耕作放棄後の再生、泥炭の排水)に由来しています。過去60年間にわたって、人為的なCO2排出量のうち大気中に蓄積した割合(大気残留率)は、平均して約44%でほぼ一定のままでした。2010~2019年の10年間に人間活動によって排出されたCO2は、地球システムを構成する3つの要素の間で分配され、46%は大気中に蓄積し、23%は海洋に吸収され、31%は陸域生態系の植生に貯蔵されました(確信度が高い)。

メタン(CH4

 メタンは、二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きな温室効果ガスです。その放出源は、自然起源(湿地やシロアリなど)や人為起源(畜産、稲作、化石燃料採掘、埋め立て、バイオマス燃焼など)と多岐にわたります。メタンは、主に大気中のヒドロキシル(OH)ラジカル(ラジカルとは非常に反応性が高く不安定な分子)と反応し、消失します。

一酸化二窒素(N2O)

 一酸化二窒素は大きな温室効果を持つ気体であり、対流圏では極めて安定しており、大気中の寿命は109年と長くなっています。自然起源の海洋や土壌から、あるいは人為起源のバイオマス燃焼や窒素肥料の使用、各種工業活動に伴って放出され、成層圏で主に太陽紫外線により分解されて消滅します。

ハロカーボン類

 ハロカーボン類は、フッ素、塩素、臭素などを含んだ炭素化合物の総称であり、その多くは本来自然界には存在しない人工物質です。これらは強力な温室効果ガスであるだけではなく、一部は成層圏のオゾン層を破壊します。ハロカーボン類の大気中濃度は二酸化炭素に比べ100万分の1程度ですが、単位質量あたりの温室効果は数千倍を超えるものもあります。また、大気中の寿命が比較的長いことから、その影響は長期間に及びます。「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」、「特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律」等により、その多くは国際・国内的に生産等の規制がなされています。

六フッ化硫黄(SF6

 六フッ化硫黄は強力な長寿命の温室効果ガスであり、主に重工業において、高電圧機器の絶縁やケーブル冷却装置及び半導体の製造補助に使用されています。

一酸化炭素(CO)

 一酸化炭素は、その主な放出源が化石燃料やバイオマスの不完全燃焼およびメタン等炭化水素類の酸化過程であり、大気中のOHラジカルとの反応により消失します。一酸化炭素は地球表面からの赤外放射をほとんど吸収しないため、温室効果ガスではありません。しかし、地上から高度約10kmまでの対流圏のオゾンの前駆物質であるとともに、OHラジカルとの反応を通して他の温室効果ガス濃度に影響を与えます。

対流圏オゾン(O3

 対流圏(地上~高度約10km)に存在するオゾンは、温室効果ガスであるとともに、反応性が高く、大気中でOHラジカルを生成させ、これがメタン等と反応するため、他の温室効果ガスの大気中濃度に影響を与えます。対流圏オゾンは、窒素酸化物(NOx)の存在下で一酸化炭素や炭化水素類の光化学反応で生成され、水素酸化物(HOx:HO2およびOH)との反応によって消失します。また、成層圏から対流圏に輸送され、地表付近では地面に触れて消失します。その濃度は地域、高度、時期により大きく異なります。さらに、オゾンが大部分を占める光化学オキシダントは人間の呼吸器や皮膚に被害を与えることがあり、わが国の環境基準は1時間平均値で60ppb以下とされています。

参考文献

IPCC, 2021: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 2391 pp.,https://doi.org/10.1017/9781009157896.