海洋への熱の蓄積について
地球表面の7割を占める海洋は、大気に比べて熱容量が大きいため大量の熱を蓄積しており、大気との熱のやり取りを通して様々な時間・空間スケールで気候に大きな影響を与えます。このため、気候変動の監視、解析を行うためには、海面だけでなく海洋内部が蓄えた熱量(海洋貯熱量)の変化を詳細かつ正確に捉えることが重要です。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(IPCC, 2021)は、1971年から2018年の48年間で気温の上昇や氷の融解などを含む地球上のエネルギー増加量のおよそ56%が海洋の表層(ここでは海面から深さ700mまでを指します)に、およそ35%は海洋の700mよりも深いところに蓄えられたと見積もっています(図1)。1971年以降、海洋の表層で海洋貯熱量が増加していることはほぼ確実であり、人間の影響が主要な要因である可能性が極めて高いと報告されています。
海洋の貯熱量は、数十年にわたる観測結果をもとに複数の見積もりがなされており(Dominguess et al., 2008; Levitus et al., 2012; Cheng and Zhu, 2018など)、海洋の健康診断表の「海洋貯熱量の長期変化傾向(全球)」ではIshii et al. (2017)の手法を用いて解析しています。解析手法ごとに、観測データの品質チェックや観測の少ない海域の水温推定方法に違いがあるため各年の値や長期変化傾向の大きさに違いはありますが、いずれの手法によっても海洋貯熱量が過去およそ60年にわたって増加していると解析されています。また、2000年前後から2010年代前半にかけては地上気温の上昇率が小さい時期がありましたが、その間も海洋貯熱量は増加し続けており、絶えず地球システムが熱量を蓄えてきたことも判明しました(図2)。
海洋貯熱量の増加は海水温の上昇を意味し、結果、海水が熱膨張して海面水位が上昇します(海面水位の変動要因)。海水温の上昇が海面水位上昇に寄与する割合を推定するため、Kuragano et al. (2015)の手法で解析した人工衛星観測による海面水位とIshii et al. (2017)の手法で解析した海水温の変化から見積もった熱膨張量を比較しました(図3)。人工衛星の観測によると、南緯66度から北緯66度までの平均海面水位は1993年から2018年までの間に1年あたり3.18±0.13mmの割合で上昇していました。一方、海水温の変化に伴う熱膨張によって、海面水位は同じ期間に1年あたり1.17±0.10mmの割合で上昇したと見積もられました。つまり、1993年から2018年までの海面水位の上昇量のうち約4割が、海水温の上昇に伴う熱膨張によるものと考えられます。IPCC第6次評価報告書でも同様に、1971から2018年の世界平均海面水位の上昇の要因の約50%が熱膨張によるものと見積もられており、1970年以降に観測された熱膨張に起因する世界平均海面水位の上昇の主要な駆動要因は、人間の影響によるものであった可能性が非常に高いと報告しています。
世界全体の海洋貯熱量は21 世紀にわたって増加し続けることがほぼ確実であり、これに伴う昇温は、海洋深層の循環が緩やかであるため、少なくとも 2300 年まで継続する可能性が高いと考えられています。(IPCC, 2021)