インド洋に見られる海面水温の偏差パターンと日本の天候

インド洋熱帯域の年々変動

インド洋熱帯域の海面水温は、エルニーニョ現象の発生から2~3か月遅れて平常よりも高くなり始め、エルニーニョ現象の終息後もしばらく高い状態が維持される傾向があります(エルニーニョ/ラニーニャ現象に伴うインド洋熱帯域の海洋変動)。

そのため、エルニーニョ現象が発生した翌年などで、インド洋熱帯域の海面水温が平常より高い夏の場合には、西太平洋熱帯域からインド洋に向かって流れ込む下層の東風の影響でフィリピン付近の対流活動が抑制される傾向が見られます(Xie et al., 2009)。図1は、インド洋の海面水温が平常よりも高い場合の大気下層の高低気圧の平年からの偏りで、夏の日本付近の気圧が低くなることを示しています。このような夏には、北日本を中心に多雨・寡照、沖縄・奄美で高温となることがあります(インド洋熱帯域の海洋変動が日本の天候へ影響を及ぼすメカニズム)。

図1 エルニーニョ/ラニーニャ現象に伴うインド洋熱帯域の海洋変動
図1 エルニーニョ/ラニーニャ現象に伴うインド洋熱帯域の海洋変動と大気下層の循環パターン(平年からの差)
図中の文字「H」は高気圧性の、「L」は低気圧性の循環をあらわす。

インド洋ダイポールモード現象(IOD現象)

インド洋ではエルニーニョ/ラニーニャ現象と独立した海洋変動としてインド洋ダイポールモード現象が知られています(Saji et al. 1999)。インド洋ダイポールモード現象の特徴は、平常時と比較した海面水温や大気の対流活動が、インド洋熱帯域南東部で低温・不活発、西部で高温・活発というように、東と西で逆符号の偏差パターンとなることです。

インド洋熱帯域の海面水温が南東部で平常より低く、西部で平常より高くなる場合を正のインド洋ダイポールモード現象、逆の場合を負のインド洋ダイポールモード現象と呼んでいます。両現象ともに概ね夏から秋(6~11月)の間に発生します。インド洋ダイポールモード現象の発生頻度は年代によって大きく変わり、2000年以降は正のインド洋ダイポールモード現象の発生頻度が高まっています(インド洋ダイポールモード現象の発生期間(季節単位))。

図2はエルニーニョ現象が発生していない時期に正のインド洋ダイポールモード現象が発生した年の晩夏から初秋にかけての海面水温と大気下層の高低気圧性循環の平年からの偏りを示したもので、インド洋熱帯域における海面水温の東西コントラストが明瞭です。また、東・西日本で高温になる傾向があります。⇒ インド洋ダイポールモード現象発生時の日本の天候の統計的な特徴

図2 正のインド洋ダイポールモード現象が発生した8~10月の海面水温と大気下層の循環パターン(平年からの差)
図2 正のインド洋ダイポールモード現象が発生した8~10月の海面水温と大気下層の循環パターン(平年からの差)
図中の文字「H」は高気圧性の、「L」は低気圧性の循環をあらわす。

正のインド洋ダイポールモード現象が日本の天候に影響を及ぼすメカニズム

正のインド洋ダイポールモード現象では、夏から秋(6~11月)ごろにインド洋熱帯域南東部の海面水温が平常時より低く、その上空の積乱雲の活動が平常時より不活発となります。

この時、ベンガル湾からフィリピンの東海上ではモンスーンの西風が強化され、フィリピン東方に達するモンスーンの西風と太平洋高気圧の南縁を吹く貿易風の暖かく湿った空気により、北太平洋西部で積乱雲の活動が活発となります。このため上空のチベット高気圧が北東に張り出し、日本に高温をもたらします(Takemura and Shimpo 2019)。

また、インド付近でも積乱雲の活動が活発になり、地中海に下降流を発生して高温化させる方向に働きます。地中海は日本上空を通過する偏西風の上流に位置するため、偏西風の蛇行を通じて日本に高温をもたらす(Guan and Yamagata 2003)とも考えられています。

なお、負のインド洋ダイポールモード現象については日本の天候への影響は明瞭ではありません。

図3 正のピュアIOD現象が日本の天候に影響を及ぼすメカニズムの模式図(盛夏期から初秋にかけて)
図3 正のピュアIOD現象が日本の天候に影響を及ぼすメカニズムの模式図(盛夏期から初秋にかけて)
陰影は、高温域を赤色、低温域を青色で表している。青い矢印は、対流圏下層で風が収束する流れ、赤い矢印は、インドモンスーン域で上昇し、地中海付近で下降する流れ、緑の矢印は、亜熱帯ジェット気流に沿って伝播する準定常ロスビー波の波束伝播をそれぞれ示している。Takemura and Shimpo (2019)が指摘するフィリピンの東の積雲対流活発域からの寄与と、Guan and Yamagata (2003)が指摘する亜熱帯ジェット気流沿いの波束伝播を伴う寄与を組み合わせて示しているが、ここで示す積雲対流活動等のおおよその位置は、両者の論文における分布とは必ずしも一致しないことに留意。

参考文献

  • Guan, Z., and T. Yamagata, 2003: The unusual summer of 1994 in East Asia: IOD teleconnections. Geophys. Res. Lett., 30, 1544, doi:10.1029/2002GL016831.
  • Saji, N. H., B. N. Goswami, P. N. Vinayachandran, and T. Yamagata, 1999: A dipole mode in the tropical Indian Ocean. Nature, 401, 360–363.
  • Takemura, K., and A. Shimpo, 2019: Influence of positive IOD events on the northeastward extension of the Tibetan High and East Asian climate condition in boreal summer to early autumn. SOLA, 15, 75−79, doi:10.2151/sola.2019-015.
  • Xie, S. P., K. Hu, J. Hafner, H. Tokinaga, Y. Du, G. Huang, and T. Sampe, 2009: Indian Ocean capacitor effect on Indo-western Pacific climate during summer following El Nino. J. Climate, 22, 730-747.

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