貧酸素化
長年行われてきた海洋観測から、海洋の広い範囲で溶存酸素量が減少していることが明らかになっています(図1)。この現象は貧酸素化(deoxygenation)と呼ばれ、地球温暖化が原因と考えられています(IPCC, 2019)。1960年以降の約50年間に、海洋全体で溶存酸素量の約2%が減少したと報告されています(Schmidtko et al., 2017)。また、貧酸素化に伴い、熱帯域の酸素極小層(深さ200~400m付近に分布)が拡大している可能性が高いと指摘されています(IPCC, 2019)。
貧酸素化の進行はゆっくりしていて、生物に影響がある貧酸素状態に突然変化することはありません。しかし、長期間にわたって溶存酸素量が徐々に減少することによって海洋生物の生息域が変化するなど、海洋生態系への影響が懸念されています。貧酸素化は、水温上昇や海洋酸性化と共に、気候変動が引き起こす海洋生態系への三大ストレスに挙げられています。
図1 1960~2010年における10年あたりの海洋における溶存酸素の変化量(IPCC (2019) のFigure 5.9を転載)
(上図)表面から深さ1200m、(下図)1200mから海底までの10年あたりの溶存酸素変化量を示す。単位は、µmol/kg/10年。一点鎖線、破線、直線はそれぞれ、酸素極小層における溶存酸素量80µmol/kg、40µmol/kg、20µmol/kgの等値線を示す。
貧酸素化のメカニズム
貧酸素化の要因として、次の2つが挙げられています。どちらの要因も水温上昇によるものであり、貧酸素化は地球温暖化に伴って今後も進行していくと考えられています。
1つ目の要因は、大気から海水中に溶けることのできる酸素の量(溶解度)の低下です(図2-①)。海面付近では、大気-海洋間のガス交換により、その海水に溶けることができる上限の量(溶解度)付近まで酸素が溶けています。溶解度は水温よってほぼ決まり、水温が上昇すれば低下します。つまり、地球温暖化によって水温が上昇すれば、海水に溶けることができる酸素の量が減少することになります。
2つ目の要因は、海面付近の海水が昇温することにより、深い場所にある海水と混じりにくくなることで生じる、成層の強化と言われています(図2-②)。海面付近の海水温が上昇すると海水の密度が小さくなって、より深いところにある密度の大きい海水との混じりにくくなります。酸素を豊富に含んだ海面付近の”新鮮”な海水が下層に供給されにくくなるため、海中の酸素量が減少していきます。
酸素量の減少のうち、水温上昇が直接的に影響する「溶解度の低下」によるものは、海洋全体でみると15%程度です。「成層の強化」により酸素を豊富に含んだ”新鮮”な海水が下層に供給されにくくなったことが、貧酸素化の主な要因と考えられています。
図2 外洋域における貧酸素化メカニズムの模式図
沿岸域における貧酸素化
沿岸域における貧酸素化のメカニズムは、外洋域と異なります。沿岸域は生物量が豊かであり、人間活動と密接にかかわっているため、貧酸素化の進行が人間活動に大きな影響を与える可能性があります。
東京湾や大阪湾などの内湾で、青潮の発生や貧酸素水塊による生物の大量死が問題になる事があります。主な原因は、人為的な富栄養化(河川を通じた農業用水や下水の流入による栄養塩の増加)です。過剰量の窒素やリンなどの栄養塩が海水に付加されると、植物プランクトンなどの藻類が異常繁殖します。その大量の有機物は、やがて海底付近まで沈降し、バクテリアによって分解されます。この時、海水中の溶存酸素が消費されるため、海中の酸素量が著しく低下します。また、沿岸域では、海洋循環の変化が貧酸素化に影響することがあります。アメリカ西海岸に位置するオレゴン州沿岸では、湧昇の変化によって酸素の少ない深いところの海水が湧き上がることで貧酸素化が引き起こされていることが知られています。
参考文献
- IPCC (2019), IPCC Special Report on the Ocean and Cryosphere in a Changing Climate, [Pörtner, H.-O., D.C. Roberts, V. Masson-Delmotte, P. Zhai, M. Tignor, E. Poloczanska, K. Mintenbeck, A. Alegría, M. Nicolai, A. Okem, J. Petzold, B. Rama and N.M. Weyer (eds.)]. In press.
- Schmidtko, S., L., Stramma and M. Visbeck (2017), Decline in global oceanic oxygen content during the past five decades. Nature, 542, 335-339.