表面海水中のpHの長期変化傾向(北西太平洋)

令和6年1月31日 気象庁発表
(次回発表予定 令和7年1月31日)

診断(2023年)

  • 北西太平洋(東経137度線、東経165度線)における表面海水中の水素イオン濃度指数(pH)は、10年あたり約0.02低下しており、世界平均と同程度の割合で海洋酸性化が進行しています。
  • pHの低下は高い緯度で進行が速いなど、海域による違いはありますが、観測を行っている全ての緯度帯において、海洋酸性化が進行しています。
表面海水中のpHの長期変化

東経137度線、東経165度線の各緯度における表面海水中の水素イオン濃度指数(pH)の長期変化

左図は東経137度線、右図は東経165度線の各緯度における表面海水中のpHを示します。
黒丸は表面海水中の二酸化炭素分圧の観測値から計算したpH、細線は解析によって得られたpH、破線は長期変化傾向を示しています。
図中の数字は10年あたりの変化率(減少率)を示しています。
解析手法の詳細は、表面海水中のpHの長期変化傾向(北西太平洋)の見積もり方法をご覧ください。
なお、掲載しているデータは、解析に使用するデータの変更などにより修正する場合があります。

解説

北西太平洋の北緯35度以南における表面海水中の水素イオン濃度指数(pH)は、東経137度線では、1985~2023年の期間で10年あたり、−0.018(−0.022±0.001~−0.014±0.000)、東経165度線では、1996~2023年の期間で10年あたり−0.021(−0.028±0.001~−0.016±0.002)の割合でpHが低下しており、高い緯度でpHの低下速度が大きく、低い緯度で小さくなっています。冷たい水は温かい水より二酸化炭素が溶けやすいため、高い緯度では、水温の低下により二酸化炭素の吸収力に余裕が生じ、より多くの二酸化炭素を吸収します。海洋が二酸化炭素を吸収することで、表面海水中の二酸化炭素分圧は長期的に増加していますが、その増加率は高緯度ほど大きく(海洋による二酸化炭素の吸収(北西太平洋)参照)、pHの低下速度は高緯度で大きくなっています。加えて、pHの低下速度の違いには、海洋循環の自然変動も影響していることが指摘されています(Ono et al., 2019, 2023)。北西太平洋の東経137度線、東経165度線では、観測を行っている全ての緯度帯においてpHが低下しており、海洋酸性化が進行しています。

北西太平洋のpHの変動

表面海水中のpHは、海水の循環や生物活動の違いにより、海域ごとに示す値は大きく異なります。また、季節的な変動や、エルニーニョ/ラニーニャ現象などの影響による変動もみられます。

北西太平洋の亜熱帯域や亜寒帯域は、季節変動が大きいという特徴があります。pHは水温によって変化するため、亜熱帯域では、水温の低い冬季にpHが高く、水温の高い夏季にpHが低くなります。

赤道域では二酸化炭素を多く含んだ海水が下層から湧昇していることにより、高緯度の海域よりもpHが低い値を示します。また、年間を通してpHの季節変動は小さいものの、年によってはエルニーニョ/ラニーニャ現象の影響が大きく現れることもあります。(海洋による二酸化炭素の吸収・放出の分布-年々から十年規模の変動 参照)。

pHの低下傾向と海洋酸性化

二酸化炭素は水に溶けると酸としての性質を示し、海水のpHを低下させます。海水のpHが長期間にわたり低下する傾向を『海洋酸性化』といい、おもに海水が大気中の二酸化炭素を吸収することによって起きています。現在の海水は弱アルカリ性(海面でのpHは約8.1)を示していますが、大気中の二酸化炭素濃度は増加し続けており、海洋がさらに多くの二酸化炭素を吸収して海水がより酸性側に近づくことが懸念されています。

表面海水におけるpHの低下と海面水温の上昇により、海水の化学的性質が変化して、大気中の二酸化炭素の増加の影響を受けやすくなり、海洋が大気から二酸化炭素を吸収する能力が低下したり、海水の二酸化炭素の季節変動幅が拡大することが指摘されています(IPCC, 2021)。海洋の二酸化炭素を吸収する能力が低下すると、大気中に残る二酸化炭素の割合が増えるため地球温暖化が加速される可能性があります(IPCC, 2021)。また、海洋酸性化の進行によってプランクトンやサンゴなど海洋生物の成長に影響が及ぶため、水産業や観光業などへの影響も懸念されています(IPCC, 2022)。

表面海水中のpHの長期変化傾向(北西太平洋)の診断について

表面海水中のpHの長期変化傾向(北西太平洋)の診断では、Ishii et al. (2011)の方法に基づいて二酸化炭素観測値からpHを計算して求めています。ここでは、現場水温におけるpHの値を示しています。


参考文献

  • IPCC (2021), Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change[Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 2391 pp. doi:10.1017/9781009157896.
  • IPCC (2022), Climate Change 2022: Impacts, Adaptation, and Vulnerability. Contribution of Working Group II to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [H.-O. Pörtner, D.C. Roberts, M. Tignor, E.S. Poloczanska, K. Mintenbeck, A. Alegría, M. Craig, S. Langsdorf, S. Löschke, V. Möller, A. Okem, B. Rama (eds.)]. Cambridge University Press. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA, 3056 pp., doi:10.1017/9781009325844.
  • Ishii, M., N. Kosugi, D. Sasano, S. Saito, T. Midorikawa, and H. Y. Inoue (2011), Ocean acidification off the south coast of Japan: A result from time series observations of CO2 parameters from 1994 to 2008, J. Geophys. Res., 116, C06022, doi:10.1029/2010JC006831.
  • Ono, H., N. Kosugi, K. Toyama, H. Tsujino, A. Kojima. K. Enyo, Y. Iida, T. Nakano, and M. Ishii (2019), Acceleration of ocean acidification in the western North Pacific, Geophys. Res. Lett., 46, 1311-13169, doi:10.1029/2019GL085121.
  • Ono, H., K. Toyama, K. Enyo, Y. Iida, D. Sasano, S.-I. Nakaoka, and M. Ishii (2023), Meridional variability in multi-decadal trends of dissolved inorganic carbon in surface seawater of the western North Pacific along the 165°E line, J. Geophys. Res. Oceans, 128, e2022JC018842, https;//doi.org/10.1029/2022JC018842.
海洋酸性化 海洋酸性化

表面海水中の水素イオン濃度指数(pH)の変化

左図は東経137度線、右図は東経165度線の解析によって得られた緯度・月ごとの表面海水中のpHを示しています。

関連情報

海洋の知識

データ

リンク

関連する診断

このページのトップへ